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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)2167号 判決 1956年9月04日

原告 松永喜代八

被告 東京カレーンダー製造株式会社

主文

被告は原告に対し、東京都台東区浅草三筋町二丁目二十九番地七家屋番号同町二十九番十四木造瓦葺二階建作業所兼事務所兼住宅一棟建坪三十六坪一勺二階三十三坪六合を明け渡し、かつ、昭和三十年四月十二日から右明渡済まで、毎月金五千円の支払をせよ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを十分し、その一を原告、その余を被告の各負担とする。

原告が金十万円の担保を供するときは、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、主文掲記の建物を明け渡し、かつ、主文掲記の日から右明渡済まで、毎月金三万円の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、請求の原因及び被告の抗弁に対する答弁として、

主文第一項掲記の建物は、もと東京カレンダー株式会社の所有であつたが、同会社に対して国税徴収法による滞納処分が開始されたため、昭和二十八年五月十四日右建物は差押をうけ、同年六月四日その旨の登記が経由された。

しかして、原告は昭和三十年三月三日公売によつて右建物を買い受け、同年同月八日所有権移転登記手続を終えたが、被告は何の権原もないのにこれを占有して、原告の使用収益を妨げ、原告に賃料相当の損害を与えているから、本訴においてその明渡しと、本件訴状送達の翌日である昭和三十年四月十二日から右明渡済まで、毎月三万円の割合による賃料相当の損害金の支払を求める。

被告の抗弁事実はすべて否認する。

と述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は、請求棄却の判決を求め、答弁として、

原告の主張事実のうち、主文掲記の建物が、もと東京カレンダー株式会社の所有であつたが、現在は原告の所有に属していること並びに被告が現在右建物を占有していることはいずれも認めるが、その余の事実は争う。

と述べ、抗弁として、

被告代表者である川島芳雄は、昭和二十七年十月頃、当時その所有者であつた東京カレンダー株式会社から個人で本件建物を賃借(賃料毎月五千円、期間の定めはない。)して、カレンダー製造販売業を営んでいたが、納税などの都合から、事業を法人組織ですることとし、昭和二十九年一月五日被告である東京カレンダー製造株式会社を設立した。そこで被告はただちに東京カレンダー株式会社の承諾を得て、川島から右建物の賃借権を譲り受け、これに基いて右建物を占有して、現在に至つている。のみならず、被告の右占有は、右に述べた経過から明らかなように、実質的にみて川島個人の占有と等しいのであるから、いずれにしても被告は右賃借権をもつて原告に対抗することができる。

と述べた。<立証省略>

理由

主文掲記の建物がもと東京カレンダー株式会社の所有に属していたが、現在は原告の所有であること及び被告が現在右建物を占有していることは、いずれも当事者間に争がなく、成立に争のない甲第一、第二号証によると、右建物について、昭和二十八年六月四日原告主張の滞納処分による差押の登記が経由されていること及び原告が右滞納処分による公売で右建物を買い受け、昭和三十年三月八日原告名義に所有権移転登記手続がされていることを、それぞれ認めることができる。

被告は、被告が昭和二十九年一月頃、東京カレンダー株式会社の承諾を得て、もとの賃借人川島芳雄から、本件建物に対する期間の定めのない賃借権を譲り受けた旨主張するので考えるに、建物について国税滞納処分による差押登記があつた後は、その所有者は公売処分により徴収の目的を達するに差支のない限度で、当該建物の利用ができるのであるから、その登記後において、公売後まで継続すべき賃借権を設定しても、その賃借権は、公売による買受人に対抗できないと解すべきものである。従つて、差押登記前に設定された賃借権が、その登記後に譲渡された場合も、その譲受人と建物所有者(賃貸人)との関係においては、新な賃借権の設定と異るところがないから、譲受人の有する賃借権は前述の場合と同じく、公売による買受人に対抗できないと解するのを相当とする。しかるに、本件で被告の主張する賃借権譲受の日は、前示差押登記の日におくれているのであるから、仮に被告の右主張事実が認められたとしても被告の賃借権は原告に対抗し得ないことは明白である。従つて、右主張はその事実についての確定をまつまでもなく、失当といわなければならない。

次に、被告は、被告の占有は実質的には川島芳雄個人の占有と等しいから、これをもつて原告に対抗できる旨主張するけれども、右主張事実を認めるべき証拠は全く存しないから、右主張もまた排斥を免れない。

従つて、他に特段の主張及び立証のない本件では、被告の本件建物の占有は、原告に対抗できる何らの権原にも基かないものというほかはなく、被告がその占有によつて、右建物に対する原告の使用収益を妨げていることは、口頭弁論の全趣旨をもつて認めることができるから、被告は原告に対して本件建物を明け渡し、かつ、原告の被る損害を賠償すべき義務を負うものといわなければならない。

しかして、原告の被る損害は、特段の主張立証のない限り賃料相当の金員と解されるところ、本件口頭弁論の全趣旨によると、本件建物は地代家賃統制令の適用を受けないものであることが認められるから、その賃料相当額は、諸般の事情を考慮して定めるべきものである。しかして、原告は、その金額を毎月三万円と主張し、成立に争のない甲第二号証並びに証人金田弘の証言によると、東京カレンダー株式会社は、昭和二十八年十二月十二日桐谷信に対して、期間十年、賃料毎月三万円とする賃借権を設定し、即日その旨の登記を経由したことが認められる。しかしながら、右甲号証及び右証言によると、右賃貸借は賃料も現実には一度も授受されず、また賃借人である桐谷も本件建物に入居することなくて、解約となり、昭和二十九年三月六日賃借権設定登記の抹消登記が経由された事実が認められるから、右賃貸借契約の内容をもつて、ただちに原告の右主張を肯認する根拠とはしがたく、ほかに右主張事実を認めるに足る立証はない。むしろ、右金田証人の証言、被告代表者川島芳雄の本人訊問の結果及び右証言によつて真正に成立したと認める乙第一号証から第三号証までによると、川島芳雄は、昭和二十七年十月一日東京カレンダー株式会社から賃料毎月五千円の約定で、期間の定めなく本件建物を借り受けた事実が認められ、右事実に本件口頭弁論の全趣旨を参酌すれば、原告が支払を受けるべき本件建物の賃料も、毎月五千円と認めるのを相当とする。(もつとも、右各証拠によると、川島は右賃料を五年分前払し、ほかに敷金及び権利金各百五十万円を支払うことを約束したことが認められるが、これらの事実は、いずれも右認定を左右すべきものではない。)

従つて、原告の本訴請求は、被告に対し、本件建物の明渡しと、本件訴状送達の翌日である昭和三十年四月十二日(この点は記録上明白である。)から右明渡済まで、毎月五千円の割合による損害金の支払を求める部分に限り、正当であるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十二条、仮執行の宣言について同法第百九十六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉江清景)

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